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〈GMゴンの戯言ぶろぐ〉  『棄権とゴール』

 

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『GMゴンの戯言ぶろぐ』

 

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今日は、ちょっといい話シリーズから紹介します。

 

大きな夢を想い描いてる方が読んでくれた嬉しいなぁ。

 

 

 

 


『棄権とゴール』


 

1912年。

 

 

日本が初めて参加した記念すべきオリンピック。

 

 

『ストックホルムオリンピック』

 

 

その前年に開かれたオリンピックのマラソン予選会で、当時の世界記録を30分近くも縮めるという、とんでもない記録を出した日本人がいたそうです。

 

 

その名を『金栗四三』。

 

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もちろん彼は日本人初のオリンピック選手となり、国民の大きな期待を背負ってストックホルムに乗り込んでいきました。

 

 

しかし、

 

 

彼はレースの最中に意識を失って倒れ、近くの農家で介抱されることになってしまいます。

 

 

彼が目を覚ましたのは、すでにレースの終わった翌日の朝。

 

 

彼のオリンピックは、絶望のうちに幕を下ろしました。

 

 

 

時は流れて1967年。

 

 

あのストックホルムオリンピックから54年経ったある日。

 

 

彼のもとにストックホルムのあるスウェーデンのオリンピック委員会から連絡を受けたそうです。

 

 

それは、ストックホルムオリンピック開催記念の式典に来てほしいというものでした。

 

 

実は、彼はあのマラソンレースで意識を失って倒れてしまったため、棄権の意思はオリンピック委員会に伝えられていませんでした。

 

 

そのため、彼は「競技中に失踪、行方不明」という扱いを受けていたのです。

 

 

 

レースの終わりがゴールか棄権しかないとするならば、

彼はまだレース中ということになります。

 

 

そこでオリンピック委員会は、この式典で彼をゴールさせることにしたのです。

 

 

彼は快く招待を受け、ストックホルムの競技場内に準備されたゴールテープを切りました。

 

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彼がゴールした瞬間、

 

 

「日本の金栗が今ゴールしました。タイムは54年8か月6日5時間32分20秒。

これで第5回ストックホルム大会の全日程が終了しました。」

 

 

そうアナウンスが流れ、会場は拍手に溢れたそうです。

 

そして、ゴールした金栗四三氏

「長い道のりでした。この間に孫が5人できました」

とユーモアあふれるスピーチをしたそうです。

 

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レースの終わりは、ゴールか棄権しかないとするならば、

 

 

僕のゴールは遥かその先。

 

 

棄権なんてしてたまるか!

 

 

まだまだレースは続いてる。

 

 

走り続けよう。

GMゴン

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